大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和30年(ネ)2515号 判決

控訴人(原告) 金安豊造

被控訴人(被告) 国

主文

原判決を取り消す。

別紙第一目録記載の土地につき昭和二十二年十月二日附でなされた買収処分及び別紙第二目録記載の土地につき昭和二十三年七月二日附でなされた買収処分の無効であることを確定する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、

一、控訴人が別紙第一、第二目録記載の土地(以下本件土地という)を買い受けた当時においては、本件土地は耕作されていたものではなく、前所有者星貢一は弁護士であつて昭和四年六月十二日本件土地を取得し、それより控訴人がこれを取得するまでの間本件土地は全く耕作の目的に供せられていなかつたものである。更に、本件土地の周囲には相当数の松の木が存在して、控訴人は本件土地は、これに住宅を建築する目的を以つてこれを買い受けたものであつて、その所有権移転登記に際し、不動産価格の算定は畑としての価格でなく宅地に準じて取扱はれたものである。これらの事情からみれば、本件土地を「耕作の目的に供せられる」農地と断定することは困難であるといわねばならない。

二、仮りに本件土地が農地であるとしても、控訴人は鈴木与一に農地として本件土地の管理を依頼したことはなく、まして同人に耕作を認めたことはないのであるから、鈴木与一は本件土地を耕作する権利はなく、また右権利を他に譲渡するに由ないものである。従つて鈴木与一にこの点に関し控訴人を代理する権限はなく、三橋増吉が平穏に耕作していたものとはなし得ないものである。また自作農創設特別措置法第三条第五項によれば、農地で所有権その他の権限に基ずきこれを耕作することのできるものが現に耕作の目的に供していないものについては、農地委員会において相当と認めるときには買収し得る旨定めているので、漫然買収処分をなすべきでなく、現に耕作するものが正当な権限に基いているか否かを確認してなすべきである。然るに本件買収処分においては、三橋増吉、鈴木光一の両名が如何なる権限に基ずいて耕作しているかについて充分の調査をしたものと認め難く、漫然買収処分をなしたもので、この瑕疵は右処分の単に取消原因に止るものでなく、無効原因に当るものである。

と述べ、被控訴代理人において、控訴人は鈴木与一が本件土地を農地として使用収益していることを少くとも黙許していたのであるから、黙示の契約関係があつたもので、それは賃貸借関係又は使用貸借関係である。仮りに、単なる土地管理関係にすぎないものであつても、鈴木与一が長年にわたつて本件土地の管理権を有し三橋増吉らは鈴木与一が代理権を有するものと信じ、正当な耕作権を取得したと信じ平穏に耕作を続けてきたものであるから、かような農地を小作地と認定することはむしろ自然で、本件土地を小作地と認定した瑕疵は明白なものでなく、本件買収処分は当然無効となるものでないと述べたほか、いずれも原判決事実摘示のとおりであるので、ここにこれを引用する。(証拠省略)

理由

別紙第一目録及び第二目録記載の土地(以下本件土地という)が、もと控訴人の所有に属し、神奈川県知事が、第一目録記載の土地につき昭和二十二年十月二日附買収令書を控訴人に交付し、第二目録記載の土地につき昭和二十三年七月二日附公告をなし、もつてそれぞれ自作農創設特別措置法第三条第一項第一号に基ずく農地買収処分をなしたことは、当事者間に争のないところである。

よつて控訴人主張の無効原因につき案ずるに、当審並びに原審における控訴人の尋問の結果、証人鈴木与一の各証言の一部(後記措信せざる部分を除く)、検証の各結果を綜合すれば、

一、控訴人は住宅建築のため五、六百坪の宅地を鎌倉方面に求め、当時北海道に居住していたので一切を東京在住の訴外神保徳太郎に委ね、その結果訴外鈴木与一の仲介により昭和十七年四月訴外星貢一より本件土地を買い受けるに至つたこと。

二、当時本件土地は、地目は畑であつたが、周囲に数十本の松の大木があり、西側極楽寺川との境には笹が繁茂し、北東部に古井戸があり、前記土地の周囲は、西側に前記川を控え、北側及び東側は一段高い道路に接し、南側は直接道路に面し、附近には住宅も点在していて、本件土地は一見屋敷跡の観があり、地内は前記星貢一において耕作し又は他に耕作せしめたことなく、雑草が繁り長年放置されていたが、当時の食糧不足の事情からただところどころ小部分を家庭菜園に近隣の人々が使用していた状況にあつたこと及びかような状況にあつたので登記に際し宅地なみに認定価格を修正され登録税が定められ、控訴人において移転登記を経たこと。

三、控訴人は買い受けの後間もなく七十坪の建物を建築せんとしたが建築制限のため果さず、その後建築制限が強化されたので遂に建築を一時延期して、本件土地をそのままに放置しておいたところ、前記鈴木与一は、当時一般に空地は開墾耕作して食糧不足に具える事情にあつたので、控訴人に無断で前記土地の一部を開墾して、これを耕作し、その後その開墾耕作は本件土地の全部に及んだこと、昭和十九年頃には一部を訴外鈴木光一に耕作させたこと、当初は鈴木与一は鈴木光一の耕作の申入に対し自分は控訴人から土地の管理を頼まれているのであるから他人にこれを貸す権利はないと言つて右申入を断つたのであるが、再三の依頼によつて控訴人には無断で耕作を認めるに至つたこと、昭和二十一年十一月頃には右光一の義兄に当る訴外三橋増吉が本件土地の大部分を耕作するようになり、鈴木与一は耕作を止めて後千葉県木更津市に移つたこと、右鈴木光一、三橋増吉において前記土地の耕作に当り、かつて控訴人に使用料を支払つたことはなく、また本件土地の耕作につき控訴人と何らかの約定をしたことはなく、更に右鈴木光一、三橋増吉において前記鈴木与一に耕作の対価としての使用料を支払つた事実のないこと。

を認めることができる。前記鈴木与一の証言中には、控訴人から本件土地に野菜など栽培しながらこれを管理せよとの依頼があつたとの供述があり、また原審証人新保要一の証言中には、控訴人から前記土地につき留守番をおいてある旨聞知したとの供述があるが、右証人新保要一の証言によれば、新保要一は控訴人から本件土地の買収についての事情の調査を依頼され、鎌倉市に赴きこれを調査したことが認められ、また前記証人鈴木与一の証言によるも、鈴木与一が本件土地の事情その他につき何らの報告もしなかつたのみならず控訴人との間に長く連絡もつかなかつたことが認められるので、これらの事情と前記控訴人の尋問の結果とを併せ対照すると、前記証言はいずれもそのままには信じ難い。また、控訴人の前記尋問の結果中には、控訴人は昭和十八年春頃本件土地に臨み、その一部を前記鈴木与一において耕作している事実を知つたが、格別の異議も述べなかつたとの趣旨の供述があるが、当時一般に空地を利用耕作して兎角不足勝であつた当時の食糧事情に具える実情のあつたことは顕著のことに属し、かような実情に照せば、右事実を以て、控訴人が本件土地の耕作を暗黙に許容し、これにつき使用貸借或は管理契約をなしたことを推認するは妥当を欠くものと考えざるを得ない。以上認定の事実によれば、前記鈴木与一は控訴人の承諾を得ることなく本件土地を耕作していたものであり、同人の許諾のもとに本件土地を耕作していた前記鈴木光一及び三橋増吉も控訴人から何らの承諾を得ることなく、その不知の間に耕作していたものというべきであるから、本件土地をいずれも自作農創設特別措置法第三条第一項第一号にいう小作地と認めるに由ない。

更に、当審並びに原審における証人鈴木与一、同鈴木光一、同三橋増吉の各証言、原審証人加藤孝一、同岩沢春吉の各証言を綜合すれば、本件土地の一筆調査に当り前記鈴木光一及び三橋増吉において、それぞれその耕作地に所有者控訴人耕作者鈴木光一又は三橋増吉なる旨記載した立札を立て、これに基ずいて農地委員岩沢春吉が三橋増吉のみにつき事情を聴取し、同人から前記鈴木与一から耕作権を得て耕作している旨述べるや、専ら右供述に基ずいて、本件土地を小作地と認定し、買収計画を立てるに至つた事情及び右鈴木光一及び三橋増吉は前記鈴木与一が控訴人と如何なる関係のもとに本件土地を耕作しているかを知らず、またこれを究めもせず、従つて本件土地の使用料などについては何ら言及するところなく耕作の許諾を得て耕作していたものであつて、その対価として控訴人或は前記鈴木与一に何らの使用料など支払はなかつたことが明らかであつて、これと反する原審証人岩沢春吉の証言は、前記証人三橋増吉の各証言に照らし措信し難く、また前記証人鈴木光一、同三橋増吉の各証言中には、三橋増吉が金五千円を鈴木与一に支払い本件土地の耕作権を取得した旨の供述があるが、右供述は前記証人鈴木与一の供述に照したやすく措信することができないのでこれをもつて前認定を左右するに足りない。右事実によれば、前記鈴木光一及び三橋増吉は、控訴人の承認のもとに耕作しているとは考えていなかつたものと推認されるのみならず(当時の状況においては、事実上耕作するということが大きな利益であつたことは否定出来ないところで、これがため場合により多少の対価を支払うこともあり得るところと考える)、これに前記認定の事実及び前記証人岩沢春吉の証言を併せ考えると、前記農地委員においては本件土地の状況及び従来の利用の状況を容易に知り得べかりしものと考えるほかなく、控訴人につき直接これを調査することが困難であつたとしても、前記三橋増吉のほか少くとも鈴木光一、鈴木与一につき右耕作関係を調査すれば、本件土地が控訴人の承諾なく、単に事実上耕作されているに過ぎないことは、容易にこれを判定し得たところであつて、おそらくこれを小作地と認定するには、至らなかつたものと考えるほかはない。これに、本件土地が前認定の状況に照らし、通常の農地と甚だ趣を異にしていることが明らかである点を考慮すれば、前記買収処分において軽卒に本件土地を小作地と認定したことは、明白な瑕疵あるものとなさざるを得ない。しかして、自作農創設特別措置法第三条第一項第一号においては、小作地たることを買収の要件としているので、小作地にあらざるものを小作地として買収処分をなした場合その瑕疵は重大なものというほかなく、かつその瑕疵が前記の如く明白である以上、右買収処分は無効のものといわざるを得ない。

然らば、控訴人のその余の主張につき判断するまでもなく、前記本件土地の買収処分の無効であることが明らかであるので、控訴人の本件請求は認容すべきであるので、これと異る原判決を取り消し、本件土地に対する前記買収処分の無効を確定し、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条第九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 関咲恕一 亀山脩平 脇屋寿夫)

(別紙省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例